連載エッセイ「刀のかたち・人のかたち」

第4回「遠い血」

 十年ぐらい前になるだろう。義父が、新しい家を建てた。旧宅が計画道路で買収されたのが機会だった。JRの鉄路を挟んで、距離的には一キロぐらいしか離れていない。
 旧宅からの引越し。多くの荷物は、業者に依頼した。ただ、屋根部屋だけは、兄弟ですることになった。そこには、先祖代々の遺品があると知らされていた。僕は、心が躍った。秘密の扉を開ける気持ちだ。
 人が入れるほどの箱が八個あった。埃と蜘蛛の巣が、そこに人が入ったことのない歴史を語っている。義父が率先して、その一つを開けた。掛け軸や茶碗が、桐箱に入っていた。骨董品に興味のない家族には、ただの古い品物でしかない。
 僕が開けた箱に、数本の刀類が収まっていた。鞘の装飾が割れ、錆が浮いていた。「軍刀だ」八十歳になる義父は、即座に答えた。義父の父が職業軍人だと始めて知った。敗戦を境に、彼の人生は変わった。在郷軍人会の役員から「戦犯」扱いのように、近所から非難された。一時、自殺まで考えたそうだが、隠遁生活で五年後に亡くなった。当時、新任の教師だった義父は、それを悔やんだ。個人と国家との関係が曖昧のまま、あの軍刀を捨てる彼の思いを、義父が思い留めた。そんな話をする祖父は、引越しの宴席で酷く酔った。
 「あの刀には、父の血が流れている」
 義父は、刀を砥ぎに出した。その後、博物館に寄贈したと聞いたが、僕は確かめてはいない。軍刀が役立つ時代は怖い。軍刀を自慢げに振りかざした歴史が、いまだにアジアの人々の間で不信感として残っている。
 だが、義父の思いは、刀が持ちえる日本人の血だ。心を引き付ける、あの研ぎ澄まされた刀の輝き、鋭さ。そこには、日本人の精神が宿っていると。今、僕たちが見失ったものが日本刀にはあるのかもしれない。


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