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第1篇 「現代刀」の定義についての再検討
戦後の現代刀
 敗戦による措置に伴い、8年の空白を経て再開された戦後の作刀は、戦前とは大きく様相を異にしている。主な要素を挙げれば、次の通りである。

  1.製作承認制となったこと。
  2.軍刀の需要は皆無となったこと。
  3.「美術品として価値のあるもの」以外は、製作を認められないこと。

 日本刀の製作が全面的に禁止されたことは過去になかったが、上記も史上に全く例を見ない事柄である。「軍刀」を「実用」と置き換えれば、判然とするであろう。かつては問われることさえなかった自明の価値が真っ向から否定されて、「美術品」という明確な方向が新たに与えられたのである。
 勅令第300号「銃砲等所持禁止令」(昭和21年6月15日施行)で初めて、「美術品として価値のあるもの」で地方長官(東京都は警視総監)の許可を受けた刀剣類でなければ所持できないとし、現行の「銃砲刀剣類所持等取締法」でも「美術品として価値のある刀剣類の登録をするものとする」と明記しているところから、これは製作のみに限った考えではない。さかのぼって、日本刀を含むすべての刀剣類を「美術品としての価値」という目で見る価値観なのである。
 戦後にあって戦前にないものが、これである。戦前の作刀にも行き方の大きな違いが見られたが、戦後は出発点からして異なっている。初めに、「現代刀」という器に質の異なるものが盛られていると指摘したのは、このことである。
 誤解を避けるためにあえて言い添えるが、筆者に戦前を一概に否定する意図はない。量産された軍刀は、確かに戦後の価値基準にはそぐわないが、時代の遺産としての存在まで侵すのは行き過ぎではなかろうか。また、「美術刀剣」という概念が戦後、突然降って湧いたはずもなく、過去の日本刀がその要素を内包していたと考えるのが自然である。古名刀を理想として、その再現を目指す行き方は、戦前にもあったのである。日本刀の一側面である「美術性」に着目し、コンセプトに高めた-それが戦後の「美術刀剣」であった。
 それにしても、新々刀後を一括して「現代刀」としたままで差し支えないのか、そのときの定義は何か、また、線引きするとしたら、どこにするか、その名称と定義はどうなるか-。検討を要する問題は多いが、容易に具体的な結論には至りそうにない。
 まずは、暫定的な起点を昭和20年として、60年間を振り返ることにしよう。その後、「現代刀」全体を俯瞰(ふかん)し、上記の課題に取り組むこととしたい。


<参考文献>
『日本刀大鑑・新刀篇1』監修代表/本間順治・佐藤貫一 昭和41年 大塚巧藝社
『日本刀を二度蘇らせた男―栗原彦三郎昭秀全記録』栗原彦三郎伝記刊行会(代表・天 田昭次) 平成12年
『鉄と日本刀』天田昭次著 土子民夫解説・解題 平成16年 慶友社
『靖國刀』新装版 トム岸田 平成15年 雄山閣