- 06/03 08/14 10/12 11/09 08/21



第1篇 「現代刀」の定義についての再検討
はじめに
 「現代刀」について、ホームページで何らかの連載企画を担当してもらえないかと、全日本刀匠会より打診され、そのときは気軽に了解したものの、いざ取りかかろうとすると悩ましい事柄にぶつかり、着手についつい時日を要することになってしまった。
一つには、「現代刀」をどう定義するかという問題である。新々刀を明治の初年で画し、以降に製作された刀剣類を現代刀としたとき、質の異なるものが一つの器に盛られることになるのは否定できない。従って「現代刀とは」と、器の中身を明快に語るのは難しい。
 第二には、わからないことが多すぎるのである。個別刀工の研究において、新々刀以前に匹敵する蓄積は、現代刀工ではまれであろう。時代が下るにもかかわらずわからないのは、日本刀を取り巻く社会的・経済的要素についても同様である。
 筆者はたまたま平成12年(2000)、『日本刀を二度蘇らせた男-栗原彦三郎昭秀全記録』の編纂(へんさん)に参画する機会を得て、多くの貴重な資料に巡り合うことができた。栗原は明治12年(1879)に生まれ、昭和29年(1954)に没しているから、文字通り、日本刀の近現代と身をあざなうようにして生きた人物である。編纂の作業を通して、まるで霧の彼方にあったあの時代が、うっすらと輪郭を現してきたとの感慨を抱いたものである。
 また、個人的な関心から、「昭和の刀狩り」(敗戦に伴う民間武器回収)はだいぶ前より、近年では明治の「廃刀令」について資料の渉猟(しょうりょう)と研究を進めてきた。
 それゆえ現代刀について、多少は知識を持っていると自任するものであるが、それにしてもわからないことは多い。どうせならこの機会を、そのわからないことの解明に使わせていただこうと、無謀な決断をした次第である。テーマは「戦後日本刀史」である。その理由は、次項以下で述べる。
 新々刀後の作刀を中心とした日本刀の通史は、本来、当事者である全日本刀匠会の手で編まれるべきであろう。しかし、直ちにそれがかなわない今、必要なことは契機づくりと準備である。あえて個人名で書かせていただく意図は、そこにある。不明な事柄は不明とし、多少踏み込んだ推論も行い、点から線へ、そして線から面へと実像をなぞっていきたい。その意味で、これは正史を期しての試論であり、データ原稿であるとも言える。
 記述に誤りがあれば、忌憚(きたん)なく指摘を願いたい。情報や資料もぜひ提供していただきたい。隅谷正峯氏(重要無形文化財保持者)から「今のうちに資料を集めておかないと、現代刀の歴史が全くわからなくなってしまう」と言われたのは、四半世紀も前である。その間に、昔を知る人は次々と亡くなり、貴重な情報は得難くなってしまった。震災や戦禍をくぐり抜けてきた写真や印刷物は、今や紙くず寸前の命である。どうか、父祖の遺品をもう一度見直してほしいものである。
 そのようなやりとりの中から、さらに真実が見えてくることを期待している。